ごあいさつ Greeting

「時間タンパク質学」領域の発足

領域代表 吉種 光
東京都医学総合研究所

 寿命、季節応答、概日リズム、発生、細胞分裂、神経発火など生体内には様々な時間スケールの生命現象が存在します。つまり、生物は何らかの仕組みで「時」を生み出しているのです。この中でも特に、min〜dayオーダーの時間情報の処理は転写ネットワークの枠組みで理解されることが多いです。しかし、真に「時」を測る実体はなんでしょうか。

 様々な生理現象の中でも、時間情報を持った、または「時」を生み出すような生命現象に着目して、これを直接的に駆動する仕組みを理解したいと思っています。特に本領域が着目するのが分子間相互作用・翻訳後修飾・酵素活性・立体構造変化などのタンパク質ダイナミクスです。タンパク質がもつ物性やそのダイナミクスが自律振動子としてさまざまな時間軸の「時」を生み出していると考えています。このような研究領域を「時間タンパク質学(Chronoproteinology)」と名付け、個性的な若手研究者たちが集いました。

 本HPではこれから領域の活動や成果を発信していきます。まずは、ユニークなメンバーのバックグラウンドを知っていただきたいと思い、メンバー紹介のページを作成しましたが、これから少しずつ時間タンパク質学に関わるこれまでの知見を整理してUPしていきたいと考えております。ここを若い学生さんたちや新たに本領域に参画される先生方が領域のことを学べる「場」にして行きたいと思っておりますので、定期的に足をお運びいただけますと幸いです。

 本研究領域を象徴する領域ロゴを作成しました。本領域のコンセプトでもある「時」という漢字を、タンパク質の立体構造で表現し、その周囲を時計盤で囲いました。またよく見ていただくと、「時」という漢字の中でも「日」は黄色、「土」は赤色、「寸」は青色で表現しており、まるでタンパク質の三量体のようにも見えるデザインです。象徴的な赤いアルファヘリクス構造に加えて、「寸」の点をベーターシート構造で表現したことで可愛らしさも感じていただければ幸いです。

領域概要 Project Outline

 様々な時間軸の時間情報を持った生理現象がありますが、例えば、地球上に生存する多くの生物にはその生理現象に時刻依存性が見られ、このリズムは明暗サイクルなどの時刻情報を遮断しても約24時間周期で継続します。この概日リズム(circadian rhythm)を生み出す仕組みは概日時計(circadian clock)と呼ばれています。概日時計の自律的な振動は時計遺伝子の転写翻訳を介した負のフィードバック制御が生み出していると考えられています。ハエの遺伝学から時計遺伝子Periodをクローニングして、転写フィードバック仮説を提唱した研究者達には2017年にノーベル生理学・医学賞が授与されています。しかし転写フィードバック仮説では説明がつかない現象も数多く報告されており、私たちの領域ではこの仮説を否定する決定的な証拠を掴んでいます。その鍵を握るのは、古くて新しい実験系「除核カサノリ」です。カサノリは沖縄の海などに生息する藻類です。繁殖期には小指の長さくらいの軸からミドリ色の傘を広げてとてもキレイなのですが、巨大な単細胞生物です。ハサミで柄を切断するだけで除核ができるのですが、除核カサノリでも概日リズムが観察されます。つまり転写フィードバックがなくても時計は回るのです。他にも原核生物シアノバクテリアでは、時計タンパク質KaiCをKaiA、KaiB、ATPと試験管で混合すると自律的なリン酸化リズムが観察されます。しかし真核生物ではKaiCは保存されていません。

 領域代表である吉種は、哺乳類において、転写リズムでは説明がつかないほど高度に同期した時計タンパク質の相互作用リズムを見出しており、これが分子間相互作用・翻訳後修飾・酵素活性・立体構造変化などのタンパク質ダイナミクスで自律振動する可能性に着目しています。私たちは、転写フィードバック制御の存在を否定する気はなく、転写フィードバックは時計の針のように時計の振動を外に伝える重要な役目を担っており、それとは別に、KaiCのようなタンパク質が真核生物においても時計のクオーツの役割を担っていると考えています。つまり、時計の針を取り外すと時計は一見止まって見えますが、その中で分子間相互作用・翻訳後修飾・酵素活性・立体構造変化などのタンパク質ダイナミクスが時計振動子(時計のクオーツ)として機能し、「時」を測っているのではないでしょうか。このようにタンパク質ダイナミクスが「時」を生み出していると考えると、これは概日リズムに限った話ではありません。様々な生理現象の中でも、時間情報を持った、または時を生み出すような生命現象に着目して、これを直接的に駆動するタンパク質の物性を理解したいと思っています。A01班では上述した概日時計のタンパク質リズムを解析します。A02班では除核カサノリにおけるリズムの仕組みに迫ります。A03班では真核生物におけるKaiCホモログを探索します。A04班では睡眠という「時」に「Nemuri」分子の特性からアプローチします。

図1:時間タンパク質の概念

転写フィードバックは時計の針のように時計の振動を外に伝える重要な役目を担っているが、それとは別に、時間タンパクの翻訳後修飾・酵素活性・立体構造変化・分子間相互作用などのダイナミクスが時計振動子(時計のクオーツ)として機能する。

研究班 Research group